懇親会のときに、セカちゃんが、「いやーPowerpointいい、買いたくなっちゃった」みたいなこと言ってるから、「あんなの使ってるやつはバカだ、第一、書いたものがウェブから検索できないし、持ってる人しか開けないぜ」って「ちゃんとしたこと」を言ったら、「いや、そういうことじゃないでしょう」と返されて、わかってもらえてんなぁ、と思って、うれしかった。
つまり、セレンディピティなんだけど。
映画のことを考えてみる。
映画なんて検索できないし、文庫本とかの方が、どこでも読めるし、抜書きして他の人に簡単に知らせることができるし、全然いい、わけがなくて。
映画にもし映画でしか起こりえないような特殊な、いわゆる映画的体験があるとすると、プレゼンテーションだって、あっていーじゃない。
はじめは、すごく素朴な疑問だったの。
「なんで人前で話す必要があるのか、その情報はブログで書けないのか」という。
みんなバラバラに暮らしてんだから、ちゃんとまとまった形でブログにポストされた方が、好きなときに読めて、リンクできてすばらしいはず。
でも違うよなぁと、なにが違うんだろうなぁと思ったの。
そこから逆に、その違う部分に注力して、そこを拡大して実験するからこそ、今ウェブがあるこの状況の中で、人が人前で話して皆が聞くという、とんちんかんで前時代的なことをやっても許されるんじゃないだろうかということになったんです。
つまり、消えものであり、演劇なんだろうね。
差異は何なのか、雑誌とブログの差異、ブログとプレゼンテーションの差異、差異を意識して加速することで、その媒体が生きてくる。
ずっと書きたかったから、もう一個言いたい、言わせて。
それは、「プレゼンテーションって、わかりやすい必要があるのか?」っていうこと。
ジョブズとか誉めて、ああいうやつがプレゼンテーションだとして。
malaさんのプレゼンテーションなんて、めちゃくちゃ分かりにくい。
でも、おもしろい、っつーか、そー言う簡単なもんでもなくて、「あー、なんか大変なことが、今、この場で、起きてんなぁ」っつー、エモーション?みたいなのがあるじゃん。
10箇条みたいなのは、基礎だから、知ってるといいとは思う。
わかりにくい、けど、楽しかった、とか、
わかりにくい、けど、なんか分かった気がする(と各参加者が各々違ったことを理解して帰っていく)とか、
あっても良い。
あとね、最後、テンション下がってきたから、
プレゼンテーションって、枠組みとしてしっかりしてるから、まだボケるにはおいしいよね。
観客席に仕込みを入れておいたり、部屋を真っ暗にして黒い覆面かぶったり、下半身だけ脱衣していたり、帰りの出口で並んでお礼を言ったり。
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